野辺送り


Carolyn Wonderland---"Georgia On My.."

 

 

 

 

 

 

 

 

青い空を眺めていて『野辺送り』の光景が頭に浮かんで来ることがある。晴れわたった空の下、田んぼの畦道をゆっくり進む葬列、弔いの飾りが太陽の光の中でキラキラと揺れている・・・。

私は十年程前田舎に住んでいた父方の祖父の野辺送りに参列した。夏のことであった。出発前に集まった人達に向けて家の者はお菓子や紙に包んだお金をばらまく。一通りそれらの習慣が履行された後、野辺送りの葬列は300メートル程離れた寺に向かってゆっくりと進んで行く。視界を遮るものはなく歩き始める前から目的地である寺は見えている。葬列に加わり歩みながらこの光景を前にも見たことがあるような気がした。『デジャビュ』というよりももっとリアリティーがある感覚である。もしかしたら私も以前このような葬列に送られたり送ったりを繰り返して来たのかもしれない。私は祖父の『野辺送り』の列に加わりながら不思議と『別れる』という感覚はなかった。祖父は実家のようなみんながいる場所に『帰っていく』という感じがした。私は特に真面目に信仰はしていない。日本人では一般的な先祖の墓がある寺が『○○宗』だから法事、葬式は『○○宗』で行う、その程度の信心である。それゆえに祖父が『帰っていく』と感じたのは特に宗教上の知識からではなくごく自然で自発的な感覚だった。

私の家族の墓は『霊園』にある。一つの山に無数の墓が整然と並んでいる、そんな感じの場所である。母方の祖父はここで眠っている。こちらの祖父の葬儀のときは『別れる』といった意識が強かった。49日を終えて墓に遺骨を納めるのだが、帰り際に祖父を置き去りにしてしまうような、そんな後ろめたい気持ちになったものである。都会のこういった『霊園』というのは死者を一箇所に集めて『隔離』しているように思えてしまう。すべては生きている者の都合によって取り仕切られている。『町の真中に墓があるのは気持ちのいいものではない』、『墓参りのときの交通の便がいい』『火葬場から近い』『一箇所にまとまっていた方が良い』・・・。その点、田舎の墓所は家のすぐ近くの寺にある。子供の頃にそこで学んだり遊んだり、お祭り、結婚式、葬式・・・村の集まりはすべてここで行われた、祖父が94年慣れ親しんだ場所である、いわば『家』の延長とさえいえるかも知れない。

野辺送りの列に加わりながら『浄土』はあると思う人には身近な所にあり、無いと思っている人にも必ず何処かしら何かしらの行き先がある、さしたることはない。そんな考えが浮かんで来た。そして送られている祖父の『浄土』は『実家』のように近いところにある、そう感じた・・・。

三周忌のときだったろうか、祖父の墓参りに寺の墓所を訪れた。そこには野辺送りの飾りに囲まれた真新しい墓があった。埋葬してしばらくはこの飾りを墓に置いておく風習がこの土地にはある『土葬』時代の名残の風習らしい。この土地は田舎ゆえに年寄りが多い。それゆえどこかの老人がまた亡くなったのかと思い墓誌に目をやると亡くなったのは25歳の女性だった。どのような理由で短い命を閉じたのかわからなかったが何か切なさをを感じた。陽射しにきらめく野辺送りの飾りを見ながら『でも・・・彼女も帰ってきたんだ・・・。』そう考えて私は墓所を後にした。

はたして私の『帰る場所』は何処にあるのだろうか・・・。