余韻


Laura Izibor - Don't Stay Live on Passport Approved

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煙草は嗜まない私である。それゆえに煙草に関しては敏感なのかもしれない。臭いはもちろんなのだが、友達が部屋に来て一緒にワイワイガヤガヤやって飲んだあと、皆が帰ったテーブルには吸殻でいっぱいの灰皿が残されている。その吸殻の山を見ているとさきほどの喧騒とはうってかわった静けさの重みがのしかかってくる。吸殻というものには個性が表れるものである、銘柄、吸い方のくせ、フィルターのギリギリの所まで吸う人、早めに切り上げ次の煙草に火をつける人、燃え尽きるまで煙草を放っておく人、思い切り灰皿にこすりつけて消す人、フィルターを噛む人・・・十人十色実に個性的なものである。

 

喫茶店で本を読んでいたら隣に座った男が何かモジモジしながら煙草を吸っていた。火がうまくつかないらしく何度もライターに点火している。そして吸い始めたと思ったらすぐに消して次の煙草に火をつける。そんな動作を一時間程続けているとやがて女が現れた。どうやら別れ話のようだった。女は言葉少なに決定的な言葉をしゃべってロング・サイズのメントール煙草に火をつけた、そして沈黙・・・。女はその一本を吸い終わると店から出て行った。男はその後5分程腕を組み天井を見つめていたが、やがて出て行った。テーブルの上の灰皿には男が吸ってはこすりつけて途中でもみ消したおびただしい数の吸殻と、フィルターに口紅の跡がついた女の吸った一本のメンソールが残されていた。吸殻は沈黙の中でドラマの余韻を語っていた。

 煙草のフィルターに残された口紅の跡、この印象は艶かしく、強烈な物である。煙草ではないが、以前、法事で寺へ行った時に待合室になっている和室で茶を出された、その茶碗にはくっきりと真紅の口紅の跡が残されていた。どのような年齢、容姿の女性の物かはわからないが、寺という場所で読経の聞こえる中で見た口紅の紅色は強烈な色彩であった。常に生と死が交差する寺で見た「生」と「肉」の鮮烈な「余韻」であった。