川崎裏街エレジー


Harry Nilsson - Everybody's Talkin' (1969)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前の会社の上司が説教をするときによく、「仕事の内容ではなくて金が稼ぎたいだけなら川崎に行って客引きでもやった方が余程いいぞ」と言っていたものである。川崎にはたくさんの客引きがいる、ソープ・ランド、クラブ、キャバレーなどの風俗店から居酒屋、食べ物屋などの普通の飲食店まで・・・。川崎はかつての東海道の宿場町で、その時代から堀の内、南町に遊郭があり、それがそのままソープ・ランドになった。特に南町の方には吉原の「大門」ならぬ立派な鳥居があったそうである。このようにみてみるとソープ・ランドは堀の内、南町にまとめられていて駅前にはない、駅の比較的そばの繁華街に進むとキャバレー、クラブが点在している。いちおうは住み分けができているわけである。
街で見かける客引きにも茶髪の若いおにいちゃん、ちょっと強面のオジサン、ホステスさん自身、そして最近跋扈している中国人のマサジお姉さんと多彩である。そんな中で「伝説の客引きおじさん」と呼ばれている名物オジサンがいる。そのおじさんはクラブの客引きをしているのだが、私がよくダベっている喫茶店はおじさんのクラブの前にある。このおじさんはあまり仕事をしているようには見えないのである、道行く女子高校生と話し込んでいたり、しゃがみこんで野良猫と遊んでいたり・・・。どうやらこのおじさんくらいのレベルになると客引きして店に入る人、入らない人が一目でわかるようなのである。したがって入らない人には客引きはせず、かといって無視するわけでもなく気軽にバカ話をしたりしている。こういうところがこのおじさんが「名物」たる所以なのかもしれない。客引きというのはそのしつこさゆえにあまり好かれる存在ではないが、このおじさんは人気者である。

客引きといってもけして馬鹿にできる仕事ではけしてない、ここには商売、営業の基本がすべてつまっているのである。話によるとこのおじさんは長年とあるクラブの店長をしていたそうでクラブの仕事についてはすべて熟知しており、いわば接客のプロフェッショナルというわけである。普通の客引きならば、コミュニケーション云々ではなく、その場、その場で客を店に蹴り込めば仕事は完了であるが、このおじさんの場合は一対一のコミュニケーションをひじょうに大切にしている。一度来た客がまた来るように、入らなかった人もそのうち来るように
とまさに接客の鏡である。

川崎という街は「犬も歩けば棒にあたる」ではないが、おもしろいものが一杯転がっている。人によっては汚い物と決め付けて見向きもしないのであろうが。