奴の寂しい背中


J J CALE.... city girls ( 1982 )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当然のことながら自分の背中を自分で見ることはできない。鏡で見たとしてもそれは自然な背中ではなく構えた背中である。人の背中は無言のうちに実に多くの事を語っているように思える。小学生から中学生にかけてよく遊んだ友人がいるのだが、そいつの背中は不思議な背中であった。普段は「がらっぱち」で子供のくせに花札、マージャン、その他のギャンブルに精通していて外見的にもまるで「亀有の両さん」みたいな奴だった。デリカシーとかロマンチストとかいう類の言葉とはまったく無縁の奴なのだが数人で遊んでいるときに彼だけがふと離れて私達より先に歩いていってしまうことがあった。そんなとき友人の一人が「あいつの背中ってなんであんなに寂しいんだろう」とポツリと漏らした。私は言いえて妙だと思った。私もときどきそのように感じていたのである。しかしながら彼はそんな背中を見せたあとにいきなりおどけてみせたりいたずらをしたりどう考えても本人は寂しがっているようには思えないのである。 

彼の家庭は実にユニークだった。彼の母親は17歳で彼を産んだそうで小学生時代の授業参観では一際若いお母さんで目立っていた。そして綺麗な人であった。彼のお母さんはバリバリの元スケ番だったそうで実に豪快な人だった。子供の頃に彼の家に遊びに行きイタズラをして彼と二人で直立不動の姿勢で怒られたこともあった。中学を卒業して彼と違う高校に行ったので逢う機会は少なくなった。でも時々彼の家に行くとそこは「賭場」と化していた。彼のお母さんを囲んで高校生たちがタバコをスパスパ吸いつつマージャン、花札に興じているのである。彼のお母さんは賭け事を始める前に高校生達にこう訊く、「あんた達お金持ってるの?賭け事には親も子も、大人も子供もないんだからね!」これが彼のお母さんの哲学らしい。あとで聞いた話だが、彼が高校三年生の夏休みに毎日(オールナイト)友達を家に連れてきて「賭場」を開いていたので彼の父上がいい加減怒ったそうだがお母さんはこう言ったそうである「○○は大学へいくわけでもないしこれからは働かなければいけない、これが最後の夏休みなんだら好きにさせてやってくれ」と・・・。父上は納得したそうだが彼は夏休みの四十数日間すべて徹夜で「賭場」を開いていたそうである。 

こう書いてしまうと彼のお母さんは「鉄火肌」で「極道の妻」的なイメージになってしまうがそこは大人で近所つきあいとか他の人に対しては実に優しい人であった。こんな感じの母上であったが一滴も酒が飲めないというのが不思議であった。 

「背中」のことについて書こうと思ったのだが、彼の母上のことばかり書いてしまった。何せこんな強烈なキャラクターでかっこいい母上は他には見たことが無いのでご了承願いたい。彼の友達の間でも彼女は「姐御」というか、マスコット的な存在で、どんな悪でもこの母上の言葉には従っていた。 
奴の寂しい「背中」については、もうどうでもよくなってしまった。何故ならあの寂しい背中は一歳になる奴の男の子が独り占めしており今はもう観ることができないそうである。