レコード屋の想い出
フォーレ《レクイエム》全曲 クリュイタンス指揮/パリ音楽院管
この前テレビをつけたらカール・ベームの指揮による「ベートーベン交響曲第五番」の演奏を放送していた。
動くカール・ベームを見るのは本当に久しぶりであった。
そしてカール・ベームが好きだと言っていたある人のことを思い出し感無量となった。
私が音楽に興味を持ち始めた中学生の頃で
当時川崎のとあるレコード屋に足繁く通ったものであった。
お金があるわけではなくせいぜい買ったとしても月にLP一枚であったが、ともかくレコード屋に入り浸っていた。
当時のレコード屋はDVD、ビデオ、ゲーム・ソフトなどが置いてあるわけもなく
実に広々としていたものだ。
一階がロック、ポピュラー、二階がクラッシック音楽売り場となっていて、
特にクラッシック音楽売り場に関しては試聴用に応接セットのような物が設置されていてなかなか贅沢なつくりであった。
私が買うのは一階の物中心であったがよく二階にも入り浸っていた。
ひたすら端から端までレコードを見ていったものだった。
その二階の売り場には他の店員とは大分年齢の離れたお爺さん店員がいた。
「益田キートン」を鋭くしたようなダンディーな人であった。
そのうちにその人とも話しをするようになった。
当時「ポイント・カード」という物があって、それはレコードを買うごとにハンコを押してもらい
いっぱいになると一枚レコードをもらえるというシステムであった。
ハンコの横には買ったレコード名が記載されていた。
その人にポイント・カードをみせたら
「なんだロックばかりだな?クラッシックも聴きなさい!」と言われた。
今からしてみれば余計なお世話だと思われるのだろうが、
その言葉から音楽に対する深い愛情を感じたので
素直に話しを受け入れて少しずつクラッシック音楽も聴き始めた。
彼は視聴ブースにレコードを買いもしない私を連れて行き
コーヒーをごちそうしてくれたものであった。
そしてカール・ベームが人間的にも大好きだ・・・とよく言話していた。
葬式の時には「フォーレのレクイエム」で送られたいとも言っていた。
多分、当時でもこのお爺さん店員のような人は特異な存在であったのかもしれないが、
最近のCDショップの店員さんは「音楽」に関する知識ではなく
「商品」に関する知識だけが豊富な人が多くなってしまったように思える。
個人経営の店でも無い限りあまり好き嫌いをはっきり言えないのかも知れないが
やはり本当に「音楽」を愛していて尊敬の念を持っているのならそれは当然あるべきものだと思う。
そこから初めて「客」と「店の人」の立場を超えたコミュニケーションが始まるのだと思うが・・・。
まあそんなものは必要ないと言われればそれまでであるが・・・。
あれから二十数年が過ぎた・・・
もう「フォーレのレクイエム」は流れてしまったのかもしれないが、
カール・ベームのレコードでも聴きながら一緒に酒を酌み交わしてみたかった。