吊革


Eva Cassidy - Time After Time

 

 

 

 

 

 

 

 

私は『同窓会』という物にあまり縁がないようである。つまるところ学生時代全期間を通してクラスメートの中に『同窓会』を自分から企画して開こうというような奇特な人物がいなかったのである。『同窓会』らしき物は小学校を卒業して半年後に先生を囲んで集まった時、高校を卒業して半年後にみんなで集まり飲んだ時だけだった。要するに『クラス』としての関係は常に半年で完結してしまっているのである。勿論、気の合う連中とはちょくちょく会って飲んではいるが・・・。

通勤にバスを利用していた頃には小学校時代のクラスメートとよく乗り合わせることがあった。しかしながらお互いに話し掛けるという事はしなかった。特別親しい友人ではなかったということもあるが、かれこれ20年以上も話したことがない、さらに仕事帰りで疲れているところを歳月のブランクを埋めながら一から会話を始めることがとても億劫だった。それゆえにお互い気づかぬ振りをしていたのだと思う。
バスで乗り合わせるクラスメートの一人は小学校時代泣き虫のイジメられっ子であった。彼は毎日誰かに泣かされるか、自ら泣き出すかのどちらかで涙を見せない日はなかった。野球の試合を一緒に観に行く約束をしておいて彼は遅刻して置いてきぼりを食った事があった。その時彼はクラスメートの家の前で長い時間大声で泣きつづけ家の者に置いていかれた事をクドクド告げ口した。いつもそういう事をしているので彼はまたイジメられるハメになった。
そんな彼がバスの中ではスーツを着てネクタイをしめて大きな鞄を持って吊革に掴まっていた・・・より正確に表現をすれば、ぶら下がっていた・・・。もし20年という『空白の時間』が間になければ後ろに忍び寄って目隠しをするか、頭をポコンと叩いて『久し振りだな』と言って声をかけたかもしれない。しかしながら疲れて憔悴し切った彼がその体の重みのすべて吊革に託している様を見るととても実行に移す気分にはなれなかった・・・。小さい子供の頃は皆背伸びをしてまで吊革に掴まって喜んだものだったが、そのときの彼は簡単に掴まえることができる高さの吊革に全体重を預け切ってぶら下がっていたのである。ピーンと伸び切った吊革は『泣き虫』が『泣き虫』でいられなくなって行った二十年という歳月・・・彼自身の歩みを物語っていた・・・。

私は自分の前にある吊革にあらためて眼をやり、そして強く握り締めた。